ある朝


秘密へのぷろろーぐ



窓のカーテンからこぼれる朝の光に包まれた誠二。
朝7時になると必ず流れだすTVからのメッセージ。

「いつもこうなんだ」

ちょっと、やかましいと感じながらも、なぜかそのここちよさに、また、寝こんでしまう・・。
白く記憶がよみがえる・・・・昨日のスタジオ。
鳥籠姫のエンディング、ながくふるえるトレモロ。

「のんちゃんのたかみぃギターもすてがたいけどな。」

白いフライングVとトレモロアームの感触がよみがえる

ぎゅわーん、きゅわーん、きゃわーん、ぷよょょーん・・・・
と、その時、エンデイングのトレモロが、水洗便所の音にかわった。
じょじゃーーーじょーーーーー。

「いつもこうなんだ」
スイートな回想、甘い生活・・・・、いつも割り込んでくる。
「お年よりは朝が早いですね」
あやうく出そうになった本音をのみこんで笑顔で言う。

「あっ、おはようございますぅ」

本音をいったらまたいぢめられるに決まってるんだ。
でも、きょうはちがう。ほんとのことをいわなくっちゃ。
誠二は、ある決意をしていた。

仁は、トイレのノブを回しながら感じていた。
最近、メンバーと同時に同じことを言ってしまう。
同じ心境になってしまう。・・・・

「soul to soul」

そう、思っているだけなのかもしれない。
でも、そう思いこめるだけでいい。

ディンギーレーシングをやっていた昔、先輩に言われた言葉が胸をよぎる・・・・・
「クルーとスキッパーは、常に一緒にいろ。互いの心が分かり合えると信じられるまで・・」

外洋レースをやっていた昔、キャプテンが言った言葉も胸をよぎる。
「外洋に出るときはな・・・入港したときくらい、みんな離れとかないと、やってられないぜ」

そう、星降る朝に二人で冷たい牛乳を飲んだときに、すべては始まり、そして、決まっていた。
そう、小麦粉の味がしっかりと残るホットケーキを食べたときに、すべてはわかってしまっていた。

「今日こそは、きみちゃんにも、誠二にも、真実を告げよう。」

残り少なくなったトイレットペーパーを、際限なく、引き出しながら仁は思った。


出発のとき>>>たびだち序章



カーテンをあけると光がさしこむ。冬の冷たい、透き通った光だ。

「9時半出発なのにまだ寝てやがる」

カーテンの際から、向かいの小高い丘の上を散歩する人に目をやりながら、
仁は心の中でつぶやいた。

「10時にいけばいいのにもう起きてやがる」

コタツの横の3枚重ねの座布団に頭をのせたまま薄目をあけて、
つぶやきそうになった言葉を誠二は飲み込んだ。
コタツの上には、レミーマルタンの空き瓶が寝ている。
ついでそうに、少し残ったびっくり豆が7、8粒、袋の底にこびりついている。
夕べの映画はどうなったんだろう。刑務所から男はでてきたのだろうか。
いつのまにか、3人とも寝てしまっていた。

同じ座布団を枕にして寝ていた誠二の突然の笑い声で、仁は目をさました。
寝ぼけているらしい。
直後に、隣の部屋のベッドのきみちゃんが叫んだことば・・・「ごめんなさい」
手の傷はいえても、心の傷はいえていない。
きみちゃんが暴漢に襲われたのは、3月前のことだ。
このマンションに転居したのもそのせいだ。
ゆうべは、3人で音楽のことを熱く語った。
島なみ街道か山口の北西部にロングドライブに行く計画を練るはずが、
いつのまにか、音楽の話になっていた。

週末になると、誠二はやってくる。
仁は家に帰らない。
きみちゃんの家にいりびたって、酒を飲み、浜田省吾を聞き、
よいこのドラム教室を見ながら、くだをまく。

ぱっちりとした目を、しかし眠そうにこすりながら、きみちゃんが起きてきた。

「ホットケーキ食べたい。つくってくれる」仁がいきなり言う。

「うん」、きみちゃんは素直に答えると冷蔵庫から薄力粉をとりだす。

「最近はバニラエッセンスの香りの強いホットケーキミックスのやつしかくってないな。」
きみちゃんは、料理上手だ。素材に特にこだわるわけでもなく、特別な調理をするわけでもなく、
ただ、素直に、丁寧に、心をこめてつくる。
その料理がとてもおいしいのだ。
それをあさましく奪い合う。

「俺だけのホットケーキ」誠二も仁も思っていた。

旅立ち


朝のコーヒーを一気に飲み干し、久しぶりの朝飯となったホットケーキを片付ける。
誠二はこの頃彼女と相性が悪い。
出会った頃を思うと誠二の胸は痛んだ。

「いい加減にこの際乗り換えようか」

しかし、これが誠二の偽らざる本心だった。

あれだけお気に入りでべたべたしていたのに。

「いこうぜ」

のりこんだ車のダッシュボードの眠り猫は、こわれてうなだれたままだ。
20分ほどの車中、3人とも無口だった。

店員はいつものように愛想がよかった。
この場所も常連になって2年、今の彼女と誠二は偶然この場所で出会った。
遊び気分で誠二は適当に愛想を振りまきながらあちこち話しかけている。
きみちゃんはここで見つけた奴と今でもうまくやっている。
仁は何故かそわそわしていた。
    
あ、・・・一瞬、誠二は、立ち止まりかけた。
真紅のドレス
パールをつけたスリムな首。
華奢そうだけど、芯の強そうなボディ。
なだらかにしまった腰のくびれ。

しかし、誠二は眼を奪われそうになったことを悟られぬように、
そしらぬふりをして、横を通り過ぎた。
ひき返してから、わざとらしく横の別のこに目をやる。
そして誠二は、店員にある有名人のそっくりサンを紹介してもらった。
なかなか予想以上に話し上手だ。
こちらの反応を楽しんでいるかのように次から次へと違う一面を覗かせてくれる。
かなり気に入ったようだ。
次に、途中で目に留まった気になる「黄色いドレス」を紹介してもらった。
控えめだけれど声に魅力を持つNiceGirlである。
何も気にしないで気楽な気持ちで話が出来る。やはりこの店は高級店だ。
かなり長い時間が経過しただろうか、先ほど目を奪われたの深紅のドレスが気になってしかたがない。
誠二は店員にいった。

「あの赤いドレスの娘は」

色つきの良い肌に細いからだ。身も軽そうにこちらに来る。
彼女の名は

「エレガント」


そのころ
その頃、残りの2人は店をでて、ふたりっきりでいた。
きみちゃんは、おちつかないそぶりで,ベンチにすわっている。
誠二のことが,気にかかるようだ。

「たしかにあの娘はエレガントだ・・・・」

仁も実はお気に入りのようだ。

「でも,俺の好みのタイプじゃないな」

負け惜しみのように、仁はつぶやいた。
深紅のドレス・・・・
純朴なきみちゃんにはどうも、ぴんとこない。

「どうするのかな?」

「ふたりともどうかしてる」

「でも、自分もそうだったこともあるし・・・」

誠二がとんでもない行動にでるだろうことをふたりとも予感していた。


二人の時間


誠二は仁・きみちゃんがいないことに何となく気づいた。
あの二人、どうもこちらの品定めが本気らしいことを感じたらしい。
ふと、熱くエレガントに話しかけてる自分に気づく。
誠二はそれでもお構いなしに、自分自身の少ない話のネタを
これでもかというくらいにエレガントに聞かせていた。
時々見せる笑顔が本当にたまらない。
 店員も気を利かせたのかいつの間にか姿を消している。
たまに他の客がこちらをのぞき込む。
いつもならうっとうしそうににらみつけて追い返すが
気持ちは浮き足立ってしまっているのか、休む間もなく話を続けた。

 初めてと言っていいくらい本気でいる自分がいる。
色々な出会いが走馬燈のようによぎるが、味気ない。
今の自分がエレガントに本気になっていくことに満足している。

「二人の時間」そんな言葉が胸をよぎった時、ようやく二人を思いだした。

 「ちょっとごめん」

知らない間に1時間以上の時間が経過している。
さすがにわるいとおもい席を立った。
エレガントを残し店員を捜して後でまたくるといって、
誠二はあわてて二人のもとへ走った。
店員は横目で笑っているようであった。


ジェラシー

「遅い!」といつもなら言ってしまうが、
今回は久しぶりに誠二が本気っぽいのでわざとらしいくらいに

「どうだった?」

ときいた。

 「うん・・・まあ・・・」

曖昧な誠二。
こういう時の誠二は心ここにあらずの時である。
仁は笑いたい気持ちを抑えて食事に行こうと言った。

 少し遠くへ移動して考える時間をやるとあっさり落ちるのが誠二である。
ここはいつもの手で行こうと思い移動した。

 きみちゃんは性格だろうか、こちらとは対照的にエレガントをほめている。
「あの服の色、せんすがいいとおもったけど・・・声もたまらないね〜。
そう思ったろう?」これも誠二を落とす一つの手である。
ますます笑いが出そうになる。
さすがきみちゃん、誠二の思っていることが分かっているかのように刺激している。

 しかし今回、かなりの上物を見つけてしまった。
すこしばかり誠二にジェラシーを感じてしまう。
俺も独身だったならと今さらのように思ってしまう。
そう思い出すとなんだか誠二に腹が立ってくる。

「ちくしょ〜。」

心の声を聞こえないようにぼやいてみた。


運命の出会い



とりあえずは近くの食べ物やへ行き、話をしようと思った。
きみちゃんは誠二を見ながら自分の過去を思い返していた。

 知り合いの薦めで行くようになった例の店、パチンコが一日の大半を占めていた暇な頃であった。
まあ良いところだからと言われるがままについていったが、
最初は何気ないもので、今の時間の使い方よりはましかな程度の考えで行ったが、
ここで運命の出会いが待っていた。

最初の出会いはうわさで聞いていたすみのほうにいた、少し今風な娘であった。
良く笑うのが印象的であった。
出会った次の日から片時もはなせないくらいに惚れ込んでしまった。
そのうちに自分の部屋で一緒に過ごす時間が一番長くなっていた。
 しかし残念ながら一緒にいる時間が長いほど、
どうしても自分に合わないところが出てくる。 悪いと思いながらもほったらかしにしてしまい、知らない間に自然消滅的な形で離れていった。

 そして誠二と再びあの店に行った時に、
今日の誠二と同じようなトキメキを覚えた運命の出会い・・・
少なくとも自分ではそう思っている)があり、今に至っているのである。
前のことは正反対な昔気質な娘である。育ちの良い性格としなる体がとても愛おしい。

 あれこれ一年は過ぎるだろうか、
知らない間に前の娘より付き合っている時間は長くなっていた。

 あのときを見ている誠二をその気にさせるのは俺の役目だ!
という気持ちが沸いてきてしまう。
仁も同じようなことを考えているな、というのが何となく分かっていた。


彼女の秘密



息ついた3人は、再び例の店へと戻っていった。
3人は3様の気持ちで入り口付近の店員を見た。
店員は慣れた笑顔で視線を3人に注ぎ最後に誠二を見た。
誠二はゆっくりと店の中に入っていく。

「あの・・・。」
「あそこです。」
店員はわかっているかのように笑顔のまま店内へ視線をやる。
その先にはエレガントが済ました様子で黄色いドレスといっしょに座っていた。
セージはどきどきしながらも視線はエレガントから離すことなくそのまま中へ入っていった。
残りの二人もついていく。
 エレガントも表情が動かないが笑顔の様子だ(少なくともセージにはそう思えた)。
誠二はエレガントと少しばかり話をして、ふいにちょっと待ってと言って、
エレガントから離れてすぐに店員のほうへと向かった。

 「どうしてあれだけのこが・・・」
エレガントについていろいろ聞いてみたくなったので話を切り出そうとしてすぐに店員に口をはさまれてしまった。
「あのこの額を見ましたか?」
「!?」 いきなりわけのわからないことをおもむろに店員は切り出してきた・・・。


選択の時



「額の傷?」・・・・・

誠二は気づいていたが、そんなことはもうどうでもよかった。
あくまで、エレガント・・・、そして、やさしく包んでくれる。
シックな装いの中に見え隠れする情熱・・・・。
誠二は完全に参ってしまっていた。

「誠二には、この娘(こ)がぴったりだな。」

仁はそう感じていた。
誠二が若さにまかせて、わがままにふるまっても、
エレガントなら優しくあくまでソフトにふるまって包んでくれるだろう。

横には、みるからに豪華で、優雅にふるまう娘達がたくさんいる。
・・・飾り窓の中には、シックで高価なストライプのドレスを装った娘もいる。

確かにエレガントは、その中では、特異な存在だ。

しかし、仁の本当の気持ちを、誠二も、きみちゃんも、気づいていなかった。
表面上、強烈な個性と自己主張をしているように見えながら、
本質的・内面的には実はシャイな娘が仁は好きなのだ。

真っ赤なふちどりのドレス、アンバランスに三つもつけたアクセサリー、
ブルーのカヴァをかけた黒いソファに座り、ひたすら、明るく振舞う
エースという娘に、仁は心を奪われていた。

二人っきりで、話をした時、エースはみんなといる時とは、まったく違っていた。
すきとおって、たかく響きわたっていた声が、低いのだが鈴の音のようなささやきにかわる。
途中、エレガントと同じようにシックな装いのゴールドが、落ち着いた話し方で割り込んできたが、
仁は、エースの細くて深い腰のくびれの感触から逃れることができない。


決断の時



誠二は、あちこちの娘に声をかけまくっている。
どうも、よそのテーブルの娘にも、ちょっかいをかけているようだ。

きみちゃんは、まったく別のテーブルに行ったままだ。

「エレガントに逃げられちまうぞ・・・・」

仁は心の中でつぶやいた。
しかし、本当はそのほうが、仁にとっては都合が良い。

「エースとゆっくり話ができる。」

なにげなく落とした視線の先・・・エースの胸元を見て、仁は愕然とした。
胸元のタットゥは、確かに、エースフレイリィという男の名前。
仁は完全に理性を失いかけていた。
階段をかけおりて、マスターに話をつけに行く。
しかし、意外にも、仁にはまったく手の届かない金額を、マスターは提示した。

誠二は、パープルのカヴァをかけた茶色のソファに移ったエレガントと夢中になって話をしている。
エレガントは、昔、カスタムショップという店にいたらしい。
有名人ばかりが出入りする店だ。額の傷のせいで、この店に流れてきたのかもしれない。
多分、遠い過去の話だ。この娘も、仁や誠二にはまったく手の届かないような金額だろう。
しかし、もう、「どうやって支払うか?」ということしか、誠二の頭の中にはなくなっていた。

その時、きみちゃんがもどってきて、突然言った。

「私がお金を立て替えてあげてもいいよ」・・・・


困惑



きみちゃんの突然の提案に誠二が動揺しているのが仁にもわかった。
きみちゃんは、最後まで誠二の心を読んでいる。
こちらのエースへの気持ちもおそらく察していることだろう。
無意識にきみちゃんの視線を感じない位置へ移動して誠二の肩をたたいた。

 誠二は申し訳なさそうに、しかしそれ以外に方法がないことにはうすうす気づいていたが、
まさかきみちゃんから言ってくるとは思っていなかったのでびっくりした。
その言葉を聞いたとたんに誠二はエレガントを見れなくなってしまった。

妙に恥ずかしい気分になってきた。きみちゃんからお金をちょくちょく借りているとはいえこれは自分の問題である。
先輩であるきみちゃんのやさしい言葉に今回ばかりは甘えたくない。
しかし現実問題どうしようもない。
 きみちゃんはこの一言で誠二が無口になったことが気になった。
いつもなら尻尾を振って甘えてくるのに。
せっかくの出会いを金のないことで失わせてもかわいそうであるという思いから
いつもどおりのせりふを言ってみたが、いつもと少々違うようである。
珍しい誠二の様子に仁はニヤニヤしているがどう声をかけていいのか・・・。